遺言イメージ

遺言書がないために遺産放棄された500万円

Aさんと初めてお会いしたのは、脱ぎっぱなしの衣類や生活ゴミの袋が散乱し、足の踏み場もないほどに散らかったお部屋でした。
私は、それらのゴミや衣類を壁際に押し寄せ、なんとか自分のスペースを作ってそこに座りました。
「女房が逝ってしまってから、家事をする気力がなくなってしまってね」とおっしゃるAさんには、亡くなられた奥さんの相続手続きの件で私を呼んでいただきました。
さて、問題になっている奥様のご遺産は、残高500万円程度の預貯金口座が1つ。
すでに口座は銀行に凍結されていて、このままでは預金は下ろせません。
生活費の足しにするために、このお金を下ろせるようにして欲しいという相談でした。
聞くと、遺言書もなく、奥様の両親はなくなっていて、兄弟のご健在は不明とのことでした。
調査に着手したところ、直ぐに奥様以外のご兄弟6人のうち、5人がお亡くなりになっていることがわかりました。
ということは、「代理相続」の対象となります。
すなわち、既になくなっていらっしゃる兄弟の相続は、そのお子さんが法定相続人として相続する権利を持つ、ということです。
複数のお子さんが居らっしゃれば、その数だけ相続割合が細分化されることになります。
この時点で、私はすでに絶望的な気分になっていました。
いったい、奥様の兄弟お一人につき、何人の子供がいるのだろうか、と。
作業としては、まずは奥さんの出生から死亡までの戸籍謄本をもれなく集めます。
これは、本当に奥さんに子供がいなかったのか、を確かめるためです。
ご主人のAさんに伝えていなくても、実は以前に結婚したことがあり、子供を生んだ経験が合ったりするかもしれません。
次に、本当にAさん以外の兄弟がが6人だけなのかを確かめる必要があります。
私の事務所で扱う案件では、およそ10件に1件の割合で、相談者が知らなかったいわゆる腹違い、種違いの兄弟が存在していることが判明します。
その確率は、およそ10%で想像以上に高いのです。
とにかく、そんなこんなで、奥さんのすべての相続人を把握し、現住所を調べるまでに丸2ヶ月かかりました。
不安は的中し、甥っ子や姪っ子は合わせて23人もいることが判明。
現在所も全国各地に散らばっていました。
弟さんが1人健在でしたから、ご主人のAさんと合わせて計25人の相続人がすべて判明しました。
遺言書がないので、いよいよ遺産分割協議をする必要があります。
しかし、全国に散らばっている25人が一同に会することなど、まず無理です。
全員がいくらかでも相続する内容なら、まだ可能性はあったかもしれませんが、今回の件では全額Aさんへの相続を希望していましたから、集まってくれるわけがありません。
かと言って、郵送で遺産分割協議書を送る方法も、25人のところを回って無事に帰ってくる確率は、限りなくゼロに近いでしょう。
2から3人の相続人のところを回すだけでも戻ってこないことがよくあるのに、25人となれば言わずもがなです。
法定相続人全員の実印による著名・捺印がなければ(印鑑証明書も必要です)、たった1人欠けているだけでも、あの500万円は1円たりとも下ろせないのです。
とはいえ、郵送意外に現実的な方法はありません。
せめて無事に帰ってくる確率を上げるために、Aさん本人に各相続人に電話をしてもらうようお願いをしてみました。
すると、「面倒だから全部銀行にくれてやるよ」と500万円を放棄したのです。
これは、奥さんが「夫に全ての財産を相続させる」という遺言書を残してくれてさえいれば、ご主人1人の印鑑で済んだ内容だったのです。
その後、一応、遺産分割協議書を郵送したのですが、3人回った所で止まってしまい、結局預金500万円は宙ぶらりんのままになっています。

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