遺言イメージ

遺言書の大切さをより多くの人に伝えたい

長男と私と長女の妹は、幼い頃から父の寿司屋で育ち、父や母の苦労が目に焼き付いています。
当然、「母がすべてを相続する」ことに何の異論もありません。
ただ、腹違いの姉の気持ちとなると、全くわかりません。
とにかく、私は顔をみたこともない「姉」に初めて電話をしました。
事情を話し、なんとか判を押してくれるようにお願いをして、遺産分割協議を姉宛てに郵送しました。
「頼むから押してくれ」と念じながらポストに投函したのです。
しかし、待てど暮らせど返信がありません。
母は、やはり押印を拒否してるのだろうか、きっと向こうの夫が何か入れ知恵を付けているんだよ、全く欲深い人たちだよ、と悩むようになってしまっていました。
日に日に母の様子が変わって行きました。
明るさが取り柄だった母から微笑みが消え、突然怒り出したかと思えば、今度は急に笑い出したり、もう、いつもの母ではないことは明らかであり、つまりノイローゼです。
さらに翌月には一連の心労からか胃がんまで発症してしまいました。
そりゃあ無理もありません。
最愛の夫を失い、通夜、告別式の他、法要をはじめとする「やらなければならないこと」の連続です。
そのうえに振って湧いた相続のトラブルです。
まさに地獄の日々だったでしょう。
私自身も、腹違いの姉が弁護士でも雇い、いきなり電話がかかってくるのではないかと、毎日ビクビクしていました。
「親父、なぜ遺言書を書いておいてくれなかったんだよ」と何度、心中でそう叫んだかわかりません。
そして、ようやく1ヶ月が過ぎた頃、「送って来ましたよ、ちゃんと押印があります」と、司法書士の先生が弾んだ声でそう電話して来てくれました。
でも、これは単なる「結果オーライ」に過ぎません。
たまたま素直に判子を押してくれる、優しい姉だったから良かったのです。
母は、今思い返しても、あのときは生き地獄だったもう思い出したくもない、と、いつも言っています。
「全財産を妻に相続させる」このひとことを父が残しておいてくれてさえすれば、「商売をつづけられなくなるのでは」とビクビクして、不安な毎日を過ごすこともなかったのです。
私は、この相続騒動で自分の無力さ、情けなさを痛感させられました。
日々、疲弊していく母親を、息子でありながら何一つ助けられなかったのです。
誓いました。
「母親のように相続で悩む人を一人でも少なくしたい」と。
そして、そのために「遺言書」の大切さを伝え続けていくことが私に課せられた使命、天命なのだと感じ、長年技を磨いた包丁を置く決心を固めました。
その後、一念発起した私は勉強の末、全く畑違いの行政書士の資格を取得しました。
行政書士とは、お役所へ提出する各種の書類について、お客様の相談に乗ったり、その作成・提出を代理したりする仕事です。
そして、遺言書の起案作成や相続手続きが専門という、業界でも珍しい行政書士事務所を開業しました。
その一つである「公正証書遺言」の作成支援を中心に、一人でも多くの方を相続トラブルから守れるように日夜努力しています。
また、「遺言書の大切さをより多くの人に伝える」という天命を果たすため、コンサルタントとしてエンターテイメント型の講演やさまざまなセミナーなども積極的に開催しています。

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